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エゴン・シーレ ノイレングバッハの芸術家の部屋

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ゴッホの「アルルの芸術家の寝室」(ゴッホの寝室)は、エゴン・シーレの擁護者カール・ライニングハウスが当時所有していたそうです。シーレがこの絵をみていたようですが、シーレは遠近法を使用せず、人物像や風景画を見るように、高い視点から鑑賞することができるということです。それはすべてを目にとめることができるのと同時に、鑑賞者自身がこの場面にいないということにもなります。

遠近法だと、鑑賞者がその場面に足を踏み入れる感覚がおこりますが、この作品には距離がある。

シーレの1911年作「ノイレングバッハの芸術家の部屋」は、ゴッホの寝室と比べ、こうした存在感覚の劇的な変化をあらわしているそうです。

Vincent_willem_van_gogh_135 ゴッホの寝室の贋作については、maki さんの以前の記事にありますので、参考に。

1889年 Vincent VAN GOGH  
「アルルの芸術家の寝室」わびしさ、狭さをドラマティックに描いたフィンセント・ファン・ゴッホに、僕は共感できます。

このゴッホの寝室のほかに、ヴァシリー・カンディンスキーの作品も、シーレの対象にあげられています。

Bed 「アインミラー通りの寝室」 1909年
シーレは「ノイレングバッハの芸術家の部屋」の翌年に、カンディンスキーらの「青騎士」への新会員を求めていないかを、フランツ・マルクあてに手紙を出しています。「青騎士」の展覧会などにシーレの作品が使われてます。

ワシリー・カンディンスキーの記事
ワシリー・カンディンスキー(ヴァシリー・カンディンスキー)
カンディンスキー と ミュンター

フランツ・マルクの記事
フランツ・マルク バーミリオン
フランツ・マルク(何の印象もないブログ

シーレはトイズコレクションが趣味のようで、ヒーツィンガー大通り101番地のアトリエの写真には、トイズコレクションのなかに、1912年度「青騎士」年鑑が、いっしょに飾られていたそうです。

追伸

TBが届かないみなさま、本当に何度も送信していますが、エラーになってしまいます。本当です。すいません。そのかわり、arei さん、楓さんをはじめ、仲間のみなさんの画像修正に力を注ぎますから、夏休み中は。arei さんも楓さんも、こっちのブログにはいってないよ~と言わないでくださいよ。本当にトラバしたんですよ!ブログもおそろいのURLにした仲じゃないですか。sai さん、助けてください。

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クリムト、シーレ ウィーン世紀末展 パラス・アテナ(&MUSICⅡ)

日本オーストリア交流年2009  (Osterreich-Japan Jahr 2009 - 日墺修交140年)のイベントとして、2009年、札幌、東京、大阪、北九州で、「クリムト、シーレ ウィーン世紀末展」が行われるそうです。これは「ブラジルのフランス年」とおなじではないようですね。「日本のオーストリア年」ではないですから。

いま札幌で「クリムト、シーレ ウィーン世紀末展」が開催中。つぎに9月16日~10月12日東京、日本橋高島屋アートギャラリーで予定されています。そのHPでパラス・アテナのゴルゴンの胸板をみて、似ているなぁと思ったのが「MUSICⅡ(音楽Ⅱ)」です。クリムトはサッフォーも作品にしているからでして、竪琴をもっているところからそうではないかと。

MUSIC Ⅱ (1898) Gustav Klimt (C)Flickr

ところが、これは寓意画「音楽Ⅰ」からひもとくと、実はこの音楽Ⅰのバリエーションで、竪琴は「ピアニストJ・ペンバウアーの肖像」(TBありがとうございました。)と同じ「キターラ」らしい。

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古代風のモチーフは、Ⅰ同様にスフィンクスとその頭上は分離派好みのタンポポ(裸の真実にもあります)が、風に吹かれ種子を飛ばすところから「芸術思想の伝播」といわれています。

丸い球状(たぶん金色)は、葡萄の房を示し、ディオニュソス祭り(ブルグ劇場にも「デュオニュソスの神殿」を描いています)を主題とする壷絵からとられているそうです。焼失したこの「音楽 Ⅱ」はほとんど構図やモチーフは「音楽 Ⅰ」と似ていますが、人物が違います。この作品ではファムファタル的な女性かもしれませんよ。

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パラス・アテナ (1898) Gustav Klimt

Photo_2 クリムトの「音楽Ⅱ」

大きな画像はこちら
KLIMT COLLECTION

パラス・アテナのゴルゴンの胸板とファムファタル的な女性の膝元に顔をだしている仮面が似ていると思ったのは大間違い。

「音楽 Ⅱ」の仮面のようなモチーフは、演劇的世界と暗示している「サテュロスの仮面」だそうです。

キターラはアポロンが弾くモチーフで、音楽の神様をあらわしているということで、音楽と演劇の世界をこの絵は象徴しているのでしょうか。

パラス・アテナはいい意味で峻厳な女性で描かれていますが、ちょっと強面の騎士という感じが否めません。アテナ(ミネルヴァ)は、兜、胸板をつけ、槍と盾を手にしている。(ボッティチェリのアテナはこちら。→「ボッティチェリ 至福の花々 (サンドロ・ボッティチェッリ)」ミネルヴァ(パラスアテナ)とケンタウロスはずーっと下のほうに大きく画像がアップされています。)

23mini 1898年に開催された「第1回分離派展ポスター」はクリムトの作品。ここに「パラス・アテナ」が右横に登場しています。

第2回分離派展に、さきの「パレス・アテナ」を出品したわけです。

さて、ご存知の方はご存知。このポスターは修整されたものです。「陰部」がさりげなく加えられた樹木で見えてませんね!

大変ですね。検閲も。

ゴルゴンは醜い女の魔物。ゴルゴン(ゴルゴーン)の首は古典時代にはしばしば魔よけ(ゴルゴネイオン、Gorgoneion)に用いられたそうですが、たしかゴルゴンを醜い女にしたのは、このアテナのはず。またパラスはアテナの別名とされていますが、由来はアテナの親友。うしろの黒い背景の左側、ギリシャ風に平面に描かれた人物がパラスなのかも。

Miniこちらが検閲まえの作品。パラス・アテナがみつめる先には、ミノタウロスと戦う英雄テセウス。

オルブリッヒ設計の分離派会館(セセッション館)は、月桂樹のドームを「黄金のキャベツ」と揶揄されますが、パラス・アテナを庇護神に、ヘヴェジの 「 時代にはその芸術を、芸術には自由を 」 をスローガンに、第1回分離派展を開催。

この盾もゴルゴン。ゴルゴンはウィーン大学天井画ベートーヴェン・フリーズの女性像に発展。

クリムトのパラス・アテナは輝く鏡をもった勝利の女神ニケを手にしています。これが翌年制作の「裸の真実」につながるそうです。

カフェ・ムゼウム(Caf Museum)ではクリムトやシーレら世紀末のアーティストたちのシンジゲート。「クリムト、シーレ ウィーン世紀末展」では、この時代のココシュカなどの作品も来日しているということです。

XAI 
クリムトの記事はたくさんありますが、まずはこちらから。手作りのクリムト美術館で、いろんな作品記事にリンクしています。

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