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フェルメール 赤い帽子の女 フルートを持つ女

僕の仲間たちがフェルメールの記事をアップしだしました。

XAI フェルメールはお好き?」から記事リンクしています。

唯一フェルメールが嫌いではなかったのは僕だけですが、それは唯一僕がフェルメールの作品を見ていたからです。

ところが、嫌い、理解できないという先輩やブログの仲間の記事を見ているうちに、嫌い、理解できないからこそ、見逃さない違和感、誰も想像しない解説ができるということが発見できました。

それはあとにするとして、今日はフェルメールの「怪しい作品」を二点紹介します。

Girl_with_a_red_hat

Johannes Vermeer
Girl with the Red Hat, c. 1665/1666
National Gallery, Washington D.C.Andrew W. Mellon Collection

フェルメール
赤い帽子の女 1665-1666
ワシントン・ナショナル・ギャラリー

フェルメールの作品がどうかは別として。

この「赤い帽子の女」をごらんになった方は、きっととっても驚いたと思ますよ。なぜならなんともいえない異国の情緒と精密な筆致にびっくりするからです。

記事 フェルメールのパレット

Girl_with_a_flute

Attributed to Johannes Vermeer
Girl with a Flute, probably 1665/1670
National Gallery, Washington D.C.Widener Collection

伝フェルメール
「フルートを持つ女」1665-1670
ワシントン・ナショナル・ギャラリー

伝フェルメールの作品。

描かれた女性は「赤い帽子の女」と同一人物のようです。「赤い帽子の女」と比べると、顔がいささかマットに描かれています。


この二点が他のフェルメールの作品と違うのはタペストリーの使い方です。この二点は背景がタペストリーで背景が埋め尽くされていること。カメラ・オブスクラ(camera obscura)を使用して描かれていること。そして室内画ではなく肖像画風(正式ではない)だということです。さらに男女の区別がつかないという一点。

僕がもっとも批判的になるのが、この作品がフェルメールの真作か贋作かにこだわって、本当の絵画として評価されていないところです。

ここにただフェルメールというブランドに振り回されている人が陥る罠です。絵画作品として鑑賞する気がおきないのか、フェルメールの筆致と比較して薀蓄をのべています。

フェルメールならすごい作品なのかというと、フェルメールの真作でも駄作は多いですよ。

僕が駄作としているのは「ヴァージナルの前に立つ女」、「ヴァージナルの前に座る女」、「ヴァージナルの前の女」、「ギターを弾く女」、「音楽の稽古(音楽のレッスン)」などがあげられます。

楓さん記事 窓辺で手紙を読む女 「alei のフェルメールはお好き?」へ 

(テキストリンクから画像が見れます。楓さんもテキストリンクの作品をきっと嫌いなんですね。ちなみにギターを弾く女はありません。)


では、この二作品を鑑賞してみましょう。まずこのタペストリーは17世紀後半のデザインで、これまでのフェルメールの作品に使用されているものとは異質です。

Girl_with_a_red_hat1

右が伝フェルメールの「フルートを持つ女」、左が「IM」とフェルメールのサインが入った「赤い帽子の女」のタペストリー。

Girl_with_a_red_hat2

右が伝フェルメールの「フルートを持つ女」、左が「赤い帽子の女」の椅子のライオンヘッドで、この椅子はフェルメールの作品によく登場します。たとえば「紳士とワインを飲む女」や「窓辺で手紙を読む女」など。

Girl_with_a_red_hat3

同じモデルに見えますが、ウェットな仕上がりの「赤い帽子の女」に比べ、「フルートを吹く女」はマットな仕上がりです。でも「フルートを吹く女」の方が女性らしく目もぱっちり。


共通しているのは、どちらもポワンティエを使用していて、フェルメール風な描き方をしているというところでしょうか。

フェルメールブランドから離れてこの二作品をみると、「赤い帽子の女」の耽った顔が生々しく、醜いものとか気味の悪いものとかを、じっと見入ってしまう人間の感覚に訴えるものすごさがあるんです。

一方「フルートを持つ女」は、フェルメールの作品より洗練された印象があります。

この二作品の面白さは、フェルメール云々や技術だとかそんなものから鑑賞するのではなく、何かこう、得体のしれない怪しさが漂うところなんです。

いったい誰が描いたのだろうかと、しばし思いにはせ、そしてこの画家は他にどんな作品を描いたのかって思う僕なんです。

もしかしたら贋作専門の画家だったりするのかなとか。


「フルートを持つ女」は未完だったフェルメールの作品で、それを誰かが完成させたという説もあるようですが。

そういえば「紳士とワインを飲む女」(1658-59」では窓には風景が描かれていて、紋章がけされていたとか、「稽古の中断」(1660-61)では、ホフステーデ・デ・フロートが1899年に暖炉、ヴァイオリンが誰かに加筆され、現在の鳥かごも加筆されていると指摘していますが、この二枚はモーゼス・ファン・ネーデルフェーンとその妻が描かれているかもしれない作品で、他の画家が加筆できる状態にあったんですかね。

記事 フェルメール 二人の紳士と女、紳士とワインを飲む女、稽古の中断 


Girl_with_a_red_hat4

左からレンブラントの「赤い帽子のサスキア・ファン・オイレンブルフ 1633-1642」(横顔のサスキア)、フランス・ファン・ミリースの「画家の自画像」、「赤い帽子の女」になりますが、二枚の作品を足して割ったようなフェルメールの作品。もともと「赤い帽子の女」は男が描かれていたといいます。もしかしてフランス・ファン・ミリースのように自画像でも?

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左は「少女」(1670年頃)のドローイングで、フランス・ファン・ミリースの模写、模倣とされていますが、帽子がそっくりです。オリエンタルな雰囲気 が漂うこの作品は、フェルメールの絵画にはないものです。

正直、「ヴァージナルの前に立つ女」、「ヴァージナルの前に座る女」、「ヴァージナルの前の女」、「ギターを弾く女」、「音楽の稽古(音楽のレッスン)」などの真作より、なんともいえない微妙な雰囲気が漂っているところに面白さを感じるのです。


さて、sai さん、sai さんの悪知恵が入ったらしいmaximum さんの記事、楓さん、そしてalei さんのフェルメールの記事。フェルメールがお嫌いな方々ですが、すごい突っ込みしています。解説や専門家の説をあてにしていないからです。

sai さんは4つフェルメールの記事を書いていますが、なかでは「フェルメール 信仰の寓意 マグダラのマリア」で、背景にあるヤーコブ・ヨルダーンの「磔刑」のマグダラのマリアの部分に「信仰の擬人像」を描いている。これはマグダラのマリアだという見解。すごいです。

maximum さんの「フェルメール 二人の紳士と女、紳士とワインを飲む女、稽古の中断」は、この3枚はモーゼス・ファン・ネーデルフェーンとその最初の妻、そして後妻が描かれた求婚(求愛)のシーンではないかとありました。頷けますよね、解説にはない。みんなの情報と悪知恵から達したこの見解は、僕はそういう見方ができると思います。

楓さんは”窓辺で手紙を読む女 「alei のフェルメールはお好き?」へ”でこのヒロインが「手紙を読む青衣の女」、「窓辺でリュートを弾く女」、「合奏」、「音楽のレッスン」から、一人の女性、あるいは二人の女性のひとつの物語を連想させています。

alei さんは、元祖「フェルメールはお好き?」で、職業賛美という視点で、「地理学者」、「天文学者」、「レースを編む女」を解説しています。とくに地理学者を示すディバイダー、クロススタッフにご執心。

sweetさん、すっげー。三人寄ればっていう諺、本当でしたね。みんなの情報収集まとめるのタイへンだったかも。4年前の記事に「真珠の首飾りの女 1662-65」(ベルリン国立美術館)、「手紙を書く女 1665-66」(ワシントン ナショナル・ギャラリー)、「女と召使 1667-68」(フリック・コレクション)の解説が加わって、「メメント・モリ(死を忘れるな)」、「五感の寓意」にヴァニタスに至るまで最高。

フェルメールファンの記事に多い線遠近法云々より、違和感や関心のあること、正確な作品画像の大切さ、自分の見解を素直に述べられるのがフェルメール嫌い派の特徴です。


それで、僕の好きな作品を選ぶと、「天文学者」、「地理学者」、次に駄作だと思っていた「信仰の寓意」、「芸術絵画」、「紳士とワインを飲む女」、「天秤を持つ女」、「真珠の首飾り」、そして「窓辺で手紙を読む女」です。

そしてこの「赤い帽子の女」とフェルメール伝の「フルートを持つ女」です。

嫌いなのは「レースを編む女」、「ヴァージナルの前に立つ女」、「ヴァージナルの前に座る女」、「ヴァージナルの前の女」、「ギターを弾く女」、「音楽の稽古(音楽のレッスン)」、「手紙を書く女」、「恋文(ラブレター)」、「手紙を書く女と召使」、「少女」、「眠る女」です。

このフェルメールの作品タイトルは、同時代の他の画家たちが先行して描いた風俗画のタイトルも含みますが、フェルメールはタイトルだけではなく、小道具、ドレスなどのほか、構成も取り入れたりしています。

フェルメール時代の巨匠たち
サミュエル・ファン・ホーホストラーテン  フェルメールの時代
ヘラルト・テル・ボルフ(ヘラルト・テルボルフ) Gerard ter Borch II


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ハン・ファン・メーヘレン(Han van Meegeren、1889年- 1947年)は画商でもあり、画家でもあったから、フェルメール、うん高く売れるぞ!という魂胆で、見事この「エマオの晩餐」(エマオの食事)で世間を欺いた一人です。

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こちらがフェルメールの宗教画「マリアとマルタの家のキリスト 1654-55」(スコットランド美術館の作品で、あきらかに違います。

フェルメールの研究家の第一人者ブレディウスが鑑定しハン・ファン・メーヘレンの作品をフェルメールにしてしまった・・・。

ロッテルダムにあるフェルメールのエマオのキリストからの「姦通の女」、ボイマンス美術館の「エマオの食事」(エマオの晩餐)、ファン・ビューニンゲン・コレクションの「最後の晩餐」、デ・ホーホの「カード遊びをする人のいる室内」、アムステルダム国立美術館にある「キリストの足を洗う」など12点ほどの作品があった。(私はフェルメール─20世紀最大の贋作事件 著 フランク・ウイン 訳 小林頼子 訳 池田みゆき レビューから)

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こちらがハン・ファン・メーヘレンの「最後の晩餐」(フェルメールとされていた)です。彼の作品はクリスティーズに多く出品されています。

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この作品がクリスティーズに出品されていました。たぶん刑務所内で描かれたものだと思います。

いつかフェルメール贋作展があればいいですね。

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